なぜ図表の話をするのか
これまで、科研費申請書において重要となる課題設定、新規性、方法論について見てきた。
課題設定は、研究計画の土台である。新規性は、その研究が既存研究に対してどのような価値を加えるのかを示すものである。そして方法論は、その研究を本当に実現できるのかを示すものである。
これらはいずれも、科研費申請書の中核となる要素である。
しかし、どれほど優れた研究計画であっても、その価値が審査委員に伝わらなければ評価されない。
研究支援業務の中で多くの申請書を読んでいると、「内容は良いのに読みにくい」と感じる申請書に出会うことがある。研究課題は重要であり、新規性もあり、方法論も一定程度考えられている。それにもかかわらず、申請書全体として何を伝えたいのかが見えにくいのである。
一方で、「構造が非常に分かりやすい」と感じる申請書もある。研究の背景、課題、目的、方法、成果が自然につながっており、読み手が迷わず研究計画を理解できる。
この違いを生み出している要因の一つが、図表である。
科研費申請書において、図表は装飾ではない。紙面を見栄えよくするためのものでもない。
図表は、研究内容を効率的に伝えるためのコミュニケーションツールなのである。
審査委員は時間との戦いをしている
研究者は、申請書を書くのに何週間、場合によっては何か月もかける。
研究課題を考え、先行研究を整理し、方法論を検討し、文章を何度も修正する。申請書には、研究者の多くの時間と労力が注ぎ込まれている。
しかし、審査委員はそうではない。
審査委員は限られた期間の中で、多数の申請書を読まなければならない。もちろん、審査委員は一つひとつの申請書を真剣に読んでいる。しかし現実には、一つの申請書に無限の時間をかけられるわけではない。
ここで重要になるのが、「理解するための負担」である。
同じ研究内容であっても、理解するのに10分かかる申請書と、3分で全体像を理解できる申請書では、後者の方が有利になる。
これは審査委員の能力の問題ではない。人間の認知の問題である。
どれほど専門性の高い審査委員であっても、読み手に過度な負担をかける申請書は理解されにくい。逆に、研究の構造が整理され、重要なポイントが視覚的に示されている申請書は、短時間で内容を把握しやすい。
図表の最大の役割は、審査委員の認知負荷を下げることにある。
認知負荷が下がれば、審査委員は研究内容そのものの評価に集中できる。逆に、申請書の構造を理解することに多くの労力を使わせてしまうと、研究の価値が十分に伝わる前に読み手が疲れてしまう。
だからこそ、図表は単なる補助資料ではない。
研究計画を評価してもらうための重要な表現手段なのである。
人は文章よりも構造を先に理解する
研究者は文章を書くことに慣れている。
論文、報告書、申請書、研究計画書など、研究活動の多くは文章によって成り立っている。そのため、「丁寧に文章で説明すれば伝わる」と考えがちである。
もちろん、文章による説明は重要である。科研費申請書においても、研究の背景や意義、方法論を論理的に説明することは欠かせない。
しかし、人間は長い文章を読む前に、まず全体構造を把握しようとする。
この研究は何を目指しているのか。
どのような流れで進むのか。
何が新しいのか。
どこに研究の価値があるのか。
こうした全体像が見えないまま長い文章を読まされると、読み手は迷いやすくなる。どの情報が重要なのか、どの部分が研究の核心なのかを判断しながら読まなければならないからである。
採択される申請書には、研究の全体像を示す図が入っていることが多い。
その図を見るだけで、研究課題、研究目的、研究方法、期待される成果の流れが理解できる。審査委員はまず図によって研究の骨格を把握し、その後に文章を読むことができる。
これは、読み手にとって非常にありがたい。
なぜなら、図表がその後の文章を読むための地図になるからである。
地図がある状態で文章を読むのと、地図がない状態で文章を読むのでは、理解のしやすさが大きく異なる。図表によって全体像が示されていれば、審査委員は「今、自分は研究計画のどの部分を読んでいるのか」を把握しながら読み進めることができる。
つまり、図表は文章の代わりではない。
文章を理解しやすくするための入口なのである。
優れた図表は研究計画の骨格を見せている
研究支援の現場で多くの申請書を見ていると、良い図表には共通点があることに気づく。
それは、研究計画の骨格を示しているということである。
優れた図表は、細かな情報を大量に詰め込んでいるわけではない。むしろ、研究計画の中心となる流れを簡潔に示している。
例えば、研究背景から未解決課題が導かれ、その未解決課題に対して研究目的が設定される。そして、その目的を達成するために研究方法があり、最終的に期待される成果へとつながる。
このような流れが一枚の図に整理されていると、審査委員は研究の全体像を短時間で理解できる。
研究計画の中で何が出発点であり、何を明らかにしようとしており、どのような方法で課題に迫り、どのような成果を目指しているのかが見えるのである。
一方で、情報を詰め込みすぎた図は逆効果になる。
文字だらけの図、矢印が複雑に交差する図、色や装飾が多すぎる図は、かえって理解を妨げる。図を見た瞬間に「結局、何を伝えたいのか」が分からなければ、その図表は役割を果たしていない。
図表の目的は、情報量を増やすことではない。
理解しやすくすることである。
この点を誤解してしまうと、図表はむしろ申請書の弱点になってしまう。図表を入れること自体が目的になり、読み手に余計な負担を与えてしまうからである。
良い図表とは、読み手に「なるほど、この研究はこういう構造なのか」と思わせるものである。
研究計画の骨格を見せること。
それが、科研費申請書における図表の最も重要な役割である。
科研費で特に有効な図表とは何か
科研費申請書で有効な図表には、いくつかのパターンがある。
まず重要なのが、研究の全体像を示す概念図である。
概念図とは、研究課題、研究目的、研究方法、期待される成果の関係を示す図である。審査委員は、この図を見ることで研究全体の構造を理解できる。
特に、研究の背景が複雑な場合や、複数の研究項目がある場合には、概念図が大きな力を発揮する。文章だけでは分かりにくい関係性も、図として整理されていれば一目で理解しやすくなる。
次に有効なのが、研究スケジュールである。
科研費は研究期間が決まっている。そのため、いつ何を実施するのかを示すことは、実現可能性の説明につながる。
例えば、1年目に先行研究の整理と予備調査を行い、2年目に本調査や実験を実施し、3年目に分析と成果発信を行う。このような流れが図表で示されていれば、審査委員は研究期間内に計画が完了する見通しを持ちやすい。
研究スケジュールは、単なる予定表ではない。
研究計画が現実的に設計されていることを示す材料なのである。
共同研究の場合には、研究体制図も有効である。
誰が何を担当するのか。どの研究者がどの専門性を持っているのか。研究代表者と分担者の役割はどのように分かれているのか。
こうした情報が文章だけで書かれていると、読み手は把握に時間がかかる。しかし体制図として整理されていれば、研究チームの強みや役割分担が一目で分かる。
研究体制図は、実現可能性を支える重要な図表である。
特に、学際的な研究や複数機関が関わる研究では、研究体制の妥当性を視覚的に示すことが効果的である。
図表は新規性を説明するためにも使える
図表は、研究の全体像や方法論を示すためだけに使うものではない。
新規性を説明するためにも有効である。
新規性は、先行研究との比較によって示される。既存研究では何が分かっていて、何がまだ分かっていないのか。そして本研究は、その未解決部分に対してどのような新しい知見を提供するのか。
この関係は、文章だけで説明すると長くなりがちである。
しかし、先行研究、未解決部分、本研究の位置づけを図示すれば、審査委員は研究の新しさを直感的に理解しやすくなる。
例えば、先行研究が扱ってきた範囲を示し、その外側に残された未解決領域を示す。そして本研究がその未解決領域に焦点を当てることを示せば、研究の位置づけは明確になる。
審査委員が知りたいのは、「本研究は新しい」という主張ではない。
何が分かっていて、何が分かっておらず、本研究がどこに貢献するのかである。
図表を用いることで、この関係を短時間で伝えることができる。
採択される研究者は、図表を使って研究の位置づけを説明することが上手い。単に「新規性がある」と書くのではなく、先行研究との関係の中で自分の研究がどこに位置づくのかを視覚的に示している。
その結果、審査委員は文章を読み進める前に、研究の新しさをある程度理解することができるのである。
不採択になりやすい図表
一方で、図表を入れれば良いというものでもない。
研究支援業務の中で申請書を見ていると、むしろ図表が逆効果になっているケースもある。
よく見かけるのが、文字だらけの図である。
一見すると図表のように見えるが、実際には文章を四角い枠の中に押し込んだだけになっている。これでは読む負担はほとんど変わらない。むしろ、通常の文章よりも読みにくくなる場合さえある。
次に多いのが、装飾過多の図である。
色が多すぎる。矢印が多すぎる。アイコンや図形が多すぎる。その結果、何を最も伝えたいのかが分からなくなる。
図表は目立たせるためのものではない。理解させるためのものである。
装飾が多すぎる図は、かえって研究の本質を見えにくくしてしまう。
また、一枚の図にすべてを入れようとする情報過多の図も問題である。
研究背景、先行研究、課題、目的、方法、成果、スケジュール、体制をすべて一枚に詰め込もうとすると、図は複雑になりすぎる。結果として、何を見ればよいのかが分からなくなる。
図表は説明を増やすためのものではない。
説明を減らすためのものである。
この視点は非常に重要である。
良い図表は、文章で長く説明しなければならない内容を、短時間で理解できる形に整理している。悪い図表は、文章で書けばよい内容を無理に図に押し込んでいる。
図表を作るときには、「この図によって読み手の理解は本当に楽になるのか」を考える必要がある。
良い図表は審査委員への配慮である
研究者は、図表を作ることを面倒に感じることがある。
実際、良い図表を作るには時間がかかる。研究計画を整理し、重要な要素を選び、関係性を考え、見やすい形に整える必要がある。文章を書くよりも手間がかかると感じる人もいるだろう。
しかし、審査委員の立場で考えてみるとどうだろうか。
文章だけで何ページも説明されるより、一枚の図で研究全体の構造が理解できた方が助かる。研究の流れや位置づけが最初に分かれば、その後の文章も読みやすくなる。
つまり、良い図表とは審査委員への配慮なのである。
採択される申請書は、研究内容だけで勝負しているわけではない。読み手がどのように理解するかまで考えて作られている。
どこで全体像を示すのか。
どこで新規性を整理するのか。
どこで研究スケジュールを示すのか。
どこで研究体制を見せるのか。
こうした読み手の理解プロセスを考えた上で、図表が配置されている。
科研費申請書は、研究者が言いたいことを書く文書ではない。
審査委員に研究の価値を理解してもらうための文書である。
その意味で、図表は単なる表現上の工夫ではない。読み手への配慮であり、研究計画を正しく評価してもらうための重要な手段なのである。
図表は研究計画そのものを整理する
図表には、もう一つ重要な役割がある。
それは、研究者自身が研究計画を整理するためのツールになるということである。
実際に概念図を描いてみると、研究計画の弱点に気づくことがある。
課題設定が曖昧だった。
研究目的と方法のつながりが弱かった。
期待される成果が明確でなかった。
新規性の位置づけが整理できていなかった。
このような問題は、文章を書いているだけでは見えにくいことがある。しかし図にしてみると、論理のつながりが弱い部分が一目で分かる。
例えば、研究課題から研究目的への矢印が自然につながらない場合、そもそも課題設定に問題がある可能性がある。研究目的から研究方法への流れが説明しにくい場合、その方法が本当に適切なのかを再検討する必要がある。研究方法から成果へのつながりが弱い場合、得られる成果が研究課題の解決に結びついていないのかもしれない。
つまり、図表を作る作業は、単に申請書を見やすくする作業ではない。
研究計画そのものを点検する作業なのである。
優れた図表が作れない場合、研究計画そのものがまだ整理されていない可能性がある。
逆に、研究計画の骨格が明確であれば、図表は自然に作りやすくなる。課題、目的、方法、成果の流れが整理されているため、それを視覚的に表現すればよいからである。
図表は審査委員のためだけのものではない。
研究者自身が、自分の研究計画を理解し直すための道具でもあるのである。
第5章のまとめ
科研費申請書における図表は、装飾ではない。
研究の価値を効率的に伝えるためのコミュニケーションツールである。
審査委員は、限られた時間の中で多くの申請書を読んでいる。その中で研究の価値を正しく理解してもらうためには、文章だけでなく、図表を効果的に活用することが重要である。
特に、研究の全体像、新規性、方法論、研究スケジュール、研究体制を短時間で理解できる図表は、大きな力を持つ。
採択される申請書は、優れた研究計画を持っているだけではない。
その研究計画を、審査委員が理解しやすい形で提示している。
そして、その役割を果たしているのが図表なのである。
ただし、図表は入れればよいというものではない。文字だらけの図、装飾過多の図、情報を詰め込みすぎた図は、かえって理解を妨げる。重要なのは、情報を増やすことではなく、理解の負担を減らすことである。
良い図表は、審査委員への配慮である。
同時に、研究者自身が研究計画を整理するための道具でもある。
図表を作ることで、研究課題、目的、方法、成果のつながりが明確になる。逆に、図表にできない場合には、研究計画のどこかに曖昧さが残っている可能性がある。
科研費申請書において図表が重要なのは、見た目を整えるためではない。
研究計画の本質を、短時間で、正確に、分かりやすく伝えるためなのである。
では、ここまで見てきた課題設定、新規性、方法論、図表といった要素が不足すると、申請書はどのような問題を抱えるのだろうか。
次章では、研究支援の現場で見られる「不採択申請書に共通する特徴」について考えてみたい。


コメント