ChatGPTは科研費申請を変えたのか
ここ数年で、研究を取り巻く環境は大きく変化した。
その変化の中心にあるものの一つが、生成AIである。
ChatGPTをはじめとする生成AIは、文章作成、情報整理、要約、翻訳、構成案の作成など、これまで人間が多くの時間をかけて行ってきた作業を短時間で実行できるようになった。
科研費申請も例外ではない。
実際、多くの研究者が、研究計画の構成検討、文章の推敲、表現の改善、誤字脱字の確認、論理構成の整理などに生成AIを活用するようになっている。
数年前には想像しにくかった変化である。
では、生成AIは科研費申請を根本的に変えたのだろうか。
私は、「半分は変わり、半分は変わっていない」と考えている。
変わったのは、申請書作成の支援環境である。文章を整えること、構成を見直すこと、読みやすい表現にすることは、生成AIによってかなり支援できるようになった。
一方で、変わっていないものもある。
それは、科研費申請の本質である。
何を解決するのか。なぜ重要なのか。何が新しいのか。どのように実現するのか。
これらの問いに答えることが、科研費申請の中心であることは、生成AI時代になっても変わらない。
AIが得意なこと
まず認めなければならないのは、生成AIが非常に優秀な文章支援ツールであるということである。
研究者は、必ずしも文章を書く専門家ではない。優れた研究者であっても、申請書を書くと文章が冗長になったり、論理構成が複雑になったり、読み手への配慮が不足したりすることは珍しくない。
生成AIは、こうした部分を補助することができる。
例えば、自分が書いた文章について、「この文章は分かりやすいか」「論理の飛躍はないか」「審査委員に伝わる表現になっているか」といった観点から見直すことができる。
また、研究背景、研究課題、研究目的、研究方法、期待される成果という流れを整理する際にも有効である。
研究者の頭の中には、すでに多くの情報が存在している。しかし、それらが必ずしも申請書として分かりやすい順番で整理されているとは限らない。
生成AIは、その情報を並べ替えたり、構造化したり、読み手に伝わりやすい形に整えたりすることができる。
つまり生成AIは、研究者の頭の中にある研究構想を整理する支援者として機能する。
これは非常に大きな変化である。
特に、文章を書くことに苦手意識を持つ研究者にとって、生成AIは強力な補助ツールになり得る。自分の考えを言語化し、構成を確認し、表現を磨くための相手として活用できるからである。
AIが苦手なこと
一方で、生成AIにも限界がある。
それは、本当に重要な研究課題を発見することである。
これまでの章で繰り返し述べてきたように、採択される申請書の核心は、課題設定、新規性、方法論にある。
しかし、これらは単なる文章ではない。
研究者自身が長年の研究活動の中で培ってきた問題意識から生まれるものである。
例えば、「この分野では皆がこう考えているが、本当にそうなのだろうか」という違和感がある。あるいは、「なぜこの問題はいつまでも解決されないのだろうか」という疑問がある。
こうした問いは、研究者自身の経験から生まれる。
文献を読み、調査を行い、実験を重ね、失敗し、学会で議論し、査読コメントを受ける。その積み重ねの中で、研究者は自分だけの問題意識を育てていく。
生成AIは、既存の知識を整理することは得意である。関連する論点を列挙したり、文章を整えたり、一般的な説明を作ったりすることはできる。
しかし、本質的な研究課題を発見することについては、まだ人間に及ばない。
少なくとも現時点では、そう言えるだろう。
なぜなら、優れた研究課題は、単なる情報の組み合わせから生まれるものではないからである。そこには、研究者自身の違和感、経験、失敗、専門分野への深い理解、そして「この問題を明らかにしたい」という切実な問題意識が必要である。
生成AIは、研究者の問いを整理することはできる。
しかし、研究者に代わって本当に価値ある問いを持つことはできないのである。
課題設定の重要性はむしろ高まる
興味深いことに、生成AIが普及したことで、課題設定の重要性はむしろ高まっているように思われる。
文章を書くこと自体のハードルは下がった。構成を整えることも以前より容易になった。読みやすい表現にすることも、生成AIの支援を受ければかなり改善できる。
しかし、何を書くべきかを決める部分は、依然として研究者に委ねられている。
同じ生成AIを使っても、優れた研究課題を持つ研究者と、課題設定が曖昧な研究者では、出来上がる申請書に大きな差が生まれる。
なぜなら、生成AIは入力された問題意識以上のものを、必ずしも生み出してくれるわけではないからである。
課題設定が明確であれば、生成AIはその構造を整理し、文章として分かりやすく整えることができる。しかし、課題設定そのものが曖昧であれば、いくら文章を整えても申請書の説得力は高まらない。
言い換えれば、AIによって文章力の差は縮まるかもしれない。
しかし、問題発見能力の差は縮まらない。
むしろ、文章表現の支援が容易になるからこそ、研究課題そのものの質がより明確に問われるようになる可能性がある。
生成AI時代において、研究者にとって重要なのは、AIを使えるかどうかだけではない。
AIに何を考えさせるのか。
その前提となる問いを、研究者自身がどれだけ深く持っているかである。
研究者に求められる力は何か
生成AIが普及する中で、研究者に求められる能力も少しずつ変化している。
かつては、情報を集める能力が重要だった。必要な文献を探し、関連する知識を収集し、先行研究を整理することに多くの時間がかかっていた。
もちろん、現在でも情報収集能力は重要である。しかし、生成AIや各種データベース、検索ツールの発達によって、情報そのものには以前よりアクセスしやすくなっている。
今後ますます重要になるのは、情報を解釈する能力である。
大量の情報の中から何が重要なのかを見極める力。
表面的な流行ではなく、学術的に意味のある問題を見抜く力。
既存研究の蓄積の中にある未解決の問いを発見する力。
さらに言えば、価値ある問いを立てる能力である。
研究の出発点は問いである。
どれほど高度な分析技術を持っていても、問いが平凡であれば研究の価値は限定的になる。逆に、優れた問いがあれば、研究は大きく発展する可能性を持つ。
生成AI時代において、研究者の価値が失われるどころか、問いを立てる能力の重要性は高まっているように思われる。
生成AIは、研究者の代わりに問いを持つことはできない。
だからこそ、研究者は自らの問題意識を鍛え続ける必要がある。
何に違和感を覚えるのか。
何を明らかにしたいのか。
なぜその問題を放置できないのか。
その問いを深める力こそが、生成AI時代の研究者に求められる重要な力なのである。
生成AIは共同研究者ではなく補助者である
研究者の中には、「AIに科研費を書かせればよい」と考える人もいるかもしれない。
しかし実際には、AIだけで優れた研究計画を作ることは難しい。
なぜなら、研究計画とは単なる文章ではないからである。
研究計画は、研究者が持つ知識、経験、失敗、問題意識、仮説、研究コミュニティへの理解、研究ネットワーク、実現可能性の見極めが統合された結果として生まれるものである。
生成AIは、その表現を支援することはできる。
しかし、それらを代替することはできない。
例えば、生成AIは「この研究の意義を分かりやすく書く」ことはできるかもしれない。しかし、その研究が本当に重要なのか、どの先行研究を乗り越えるのか、研究者自身がなぜその課題に取り組むのかまでは、研究者の側から与えなければならない。
また、生成AIは方法論の候補を提示することはできる。しかし、実際にそのデータを集められるのか、対象者へのアクセスがあるのか、研究期間内に実施できるのかを判断するのは研究者である。
少なくとも現時点では、生成AIは研究者の代わりではなく、研究者を支援する存在として位置付ける方が現実的である。
生成AIを使うこと自体が問題なのではない。
重要なのは、生成AIに任せる部分と、研究者自身が担うべき部分を見極めることである。
文章の整理や表現の改善は、AIに支援してもらえばよい。
しかし、研究課題を見つけること、研究の価値を判断すること、研究者自身の問題意識を深めることは、人間が担うべき領域である。
科研費申請の本質は変わらない
本連載では、科研費審査の本質、課題設定、新規性、方法論、図表、不採択申請書の特徴、採択者に共通する特徴について考えてきた。
これらを振り返ると、生成AIが登場しても変わらないものが見えてくる。
それは、優れた研究計画は優れた問いから始まるということである。
どれほど技術が進歩しても、科研費申請で問われることは変わらない。
何を解決するのか。
なぜ重要なのか。
何が新しいのか。
どのように実現するのか。
その研究をなぜその研究者が行うのか。
これらの問いは残り続ける。
科研費審査が評価しているのも、結局はそこなのである。
生成AIによって、申請書の文章表現は改善しやすくなった。構成を整えることも、読みやすい文章にすることも、以前より容易になった。
しかし、申請書の中身そのものを支えるのは、研究者自身の問題意識である。
研究課題が曖昧であれば、AIが文章を整えても説得力は生まれない。
新規性が整理されていなければ、AIが表現を工夫しても審査委員には伝わらない。
方法論が具体化されていなければ、AIが文章を滑らかにしても実現可能性は示せない。
つまり、生成AIは科研費申請を支援するが、科研費申請の本質を変えるわけではない。
むしろ、本質がより明確に問われる時代になったと言えるのかもしれない。
おわりに
本連載では、科研費採択者に共通する特徴について考察してきた。
もちろん、採択されるための絶対的な法則は存在しない。
研究分野も違えば、研究テーマも違う。審査区分も違い、競争率も年度によって変化する。どれほど優れた申請書であっても、不採択になることはある。
それでも、採択される申請書には一定の共通点がある。
それは、研究の価値を審査委員が判断できる形で示していることである。
課題設定が明確である。
新規性が理解できる。
方法論が具体的である。
実現可能性が示されている。
研究計画の全体像が分かりやすい。
そして、読み手への配慮がある。
これらは特別なテクニックではない。
しかし、多くの採択者が共通して備えている要素である。
科研費申請書は、研究成果を報告する文書ではない。
未来の研究に対する説得文書である。
まだ存在しない研究成果について、なぜその研究が必要なのか、なぜ新しいのか、どのように実現するのか、なぜその研究者に実行できるのかを審査委員に示す文書である。
そして、その本質は生成AI時代になっても変わらない。
研究者に求められるのは、優れた文章を書くことだけではない。
価値ある問いを立て、その問いを解決するための計画を示すことである。
生成AIは、その過程を支援することができる。
しかし、研究の出発点となる問いを持つのは研究者自身である。
採択される研究者とは、優れた研究者であると同時に、自らの研究の価値を他者に伝えることのできる研究者なのかもしれない。
科研費申請において問われているのは、単に研究費を獲得する技術ではない。
自分の研究がなぜ必要なのかを考え抜き、それを他者に伝える力である。
その力こそが、生成AI時代においても研究者に求められ続ける力なのである。



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