「ねぇ、○○ちゃんにとって、パパの味って何?」
ある日の夕食後、何気なく子どもにそう聞いてみました。
少し考えたあと、子どもは迷うことなく答えました。
「チャーハン!」
そして、少し間を置いて、
「あと、からあげ!」
その答えを聞いた瞬間、思わず笑顔になりました。
カレーでも、ハンバーグでも、オムライスでもありません。
子どもにとっての「パパの味」は、休日によく作っているチャーハンとからあげだったのです。
その何気ない会話から、料理というものは、お腹を満たすためだけではなく、家族の記憶をつくるものでもあるのだと改めて感じました。
わが家の休日は、パパが料理担当です
私は大学で研究支援の仕事をしています。
平日は仕事が終わって帰宅する頃には夕食の時間になっていることが多く、料理はほとんど妻に任せています。
その代わり、休日は私がキッチンに立つことが自然と増えました。
料理がもともと得意だったわけではありません。
一人暮らしの経験はありましたが、当時は「食べられれば十分」という程度で、本格的に料理を楽しむようになったのは結婚してからです。
そして子どもが生まれてからは、「家族に喜んでもらえる料理を作りたい」という気持ちが強くなりました。
冷蔵庫の中を見ながら献立を考えたり、レシピを参考に少しずつ自分なりにアレンジしたりする時間も、休日の楽しみの一つになっています。
もちろん、毎回うまくいくわけではありません。
味が濃くなりすぎたり、炒めすぎたりすることもあります。
それでも、「おいしい!」と言ってもらえると、また次も作ろうという気持ちになります。
ピーマン嫌いを克服したチャーハン
子どもには、小さい頃から苦手な食べ物がありました。
それがピーマンです。
炒め物に入っていると器用によけますし、小さく切っても見つけてしまいます。
親としては「少しでも食べられるようになってほしい」と思いますが、無理に食べさせるのも違う気がしていました。
そんなある日、休日の昼食にチャーハンを作っていたときのことです。
冷蔵庫を見ると、使いかけのピーマンが残っていました。
「これを入れてみようかな。」
そう思い立ち、できるだけ細かくみじん切りにしてチャーハンへ入れてみました。
本当に細かく刻んだので、見た目ではほとんど分かりません。
「気づかないかもしれない。」
そんな軽い気持ちでした。
食卓に並べると、子どもはいつものように勢いよく食べ始めました。
「おいしい!」
そう言いながら、あっという間に完食です。
さらに、おかわりまでしました。
食べ終わったあとで、
「実は今日のチャーハンにはピーマンが入っていたんだよ。」
と話すと、
「えっ、本当?」
と驚いた表情を見せました。
しかし、その後に続いた言葉は、
「でも、おいしかった!」
でした。
その日を境に、チャーハンに入ったピーマンは普通に食べられるようになりました。
何度か作るうちに、「今日もピーマン入れてね」と言うようになり、少しずつ他の料理でも食べられるようになっていったのです。
好き嫌いを克服するために特別な方法を試したわけではありません。
ほんの少し調理を工夫しただけでした。
子どもの成長というものは、本当に不思議で面白いものです。
「パパ、お手伝いしたい!」
チャーハンをきっかけに、子どもは料理そのものにも興味を持つようになりました。
休日になると、
「今日は何を作るの?」
「ぼくもお手伝いしたい!」
と言ってくれるようになりました。
最初は卵を混ぜるだけでした。
次は調味料を運びます。
野菜を洗ったり、お皿を並べたり、できることが少しずつ増えていきました。
もちろん、包丁や火を使う作業はまだ任せられません。
それでも、小さなエプロンを着けて一緒にキッチンに立つ姿を見ると、とても幸せな気持ちになります。
料理は完成した料理を食べるだけではありません。
一緒に作る時間そのものが、家族の思い出になっていくのだと感じています。
もう一つの「パパの味」
そして、チャーハンと並んで人気なのが、からあげです。
味付けはとてもシンプルです。
ニンニクと醤油をベースにした、ごく普通のからあげです。
特別な隠し味も、高級な食材も使っていません。
それでも、休日になると、
「今日はからあげ作って!」
と言われることがあります。
子どもにとっては、お店のからあげよりも、パパが作るからあげのほうが好きなのかもしれません。
料理のおいしさは、レシピだけで決まるものではないのでしょう。
誰が作ってくれたのか。
誰と一緒に食べたのか。
そんな時間そのものも、料理の味の一部になっているような気がします。
父の日にもらった最高のプレゼント
今年の父の日、幼稚園から持ち帰ってきたプレゼントを見て、思わず胸が熱くなりました。
そこには、キッチンで料理をしている私の姿が描かれていました。
スーツ姿でもありません。
パソコンに向かって仕事をしている姿でもありません。
フライパンを持って料理をしているパパです。
子どもにとって私といえば、「料理を作る人」という印象だったのでしょう。
大学では研究者や研究支援者として仕事をしています。
論文を書き、データを分析し、科研費について研究者と議論する毎日です。
仕事では成果や数字が求められます。
しかし、家に帰ればそんなことは関係ありません。
子どもが覚えているのは、論文の本数でも、科研費が採択されたことでもありません。
休日に一緒にチャーハンを作ったこと。
からあげを揚げてくれたこと。
「また作ってね。」
と約束したこと。
そんな何気ない日常が、子どもの中では「パパの味」として残っていたのです。
父親って、いいですね
料理は、食べ終わればなくなります。
でも、その時間は家族の記憶として残ります。
いつか子どもが大人になったとき、
「子どもの頃、パパのチャーハンが好きだったな。」
「休日になると、からあげを作ってくれたな。」
そんなふうに思い出してくれたら、それだけで十分です。
研究の世界では、成果は論文や研究費という形で残ります。
一方、家庭で残るものは、数字ではありません。
一緒に笑いながら料理をした時間や、食卓を囲んだ思い出です。
それらは目には見えませんが、子どもの心の中にはきっと残り続けるのだと思います。
休日にフライパンを振る時間は、家族のために料理を作る時間であると同時に、子どもの思い出を少しずつ積み重ねていく時間でもあります。
子どもに「パパの味」と呼んでもらえる料理があること。
そして、その料理を通して家族の時間を共有できること。
父親になったからこそ味わえる、何にも代えがたい幸せです。
父親って、いいですね。


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