大学教員として研究をしながら、家庭では父親として子育てをしていると、「研究と子育ては意外と似ているな」と感じることがある。
もちろん、研究と子育てはまったく異なる活動である。しかし、社会科学の研究者として日々試行錯誤していると、その考え方や姿勢が子育てにも通じる場面が少なくない。
今回は、大学教員パパの視点から「研究と子育ての共通点」について考えてみたい。
子どもは研究対象よりも予測できない
社会科学の研究では、人間や組織、社会現象を扱う。
研究計画を立てる際には、
- 仮説を設定する
- データを収集する
- 分析を行う
- 結果を解釈する
という流れを踏む。
しかし、人間社会は複雑である。
理論通りにいかないことは日常茶飯事だ。
実は子育ても同じである。
「今日は早く寝かせよう」
と思っていても、
- なぜか急に元気になる
- お気に入りのおもちゃが見つからない
- 寝る直前にお腹が空く
など、計画通りには進まない。
研究でも子育てでも、
「思い通りにならないのが当たり前」
という前提を持つことが大切だと感じている。
エビデンスだけでは解決できない
研究者はエビデンスを重視する。
私自身も、何か判断をするときにはできるだけ根拠を確認したい。
子育てについても、
- 発達心理学
- 教育学
- 小児医学
などの知見を参考にすることがある。
しかし実際には、
「研究ではこう言われている」
からといって、自分の子どもにそのまま当てはまるわけではない。
例えば、
- 寝かしつけ
- 食事
- イヤイヤ期への対応
などは、家庭ごとに状況が異なる。
研究成果は重要である。
しかし最終的には、
目の前の子どもを観察しながら試行錯誤する
しかない。
これは社会科学研究において、理論と現実を往復しながら理解を深める作業とよく似ている。
小さな変化を見逃さない
研究ではデータの小さな変化が重要な意味を持つことがある。
統計分析をしていると、
「たった数ポイントの違い」
の背後に大きな現象が隠れていることも珍しくない。
子育ても同様である。
- 昨日より少し長く歩けた
- 初めて自分で靴を履いた
- 新しい言葉を覚えた
こうした小さな成長は、毎日一緒にいると見逃しやすい。
しかし後から振り返ると、それらの積み重ねが大きな成長につながっている。
研究でも子育てでも、
変化を丁寧に観察する力
が求められる。
長期的な視点が必要
研究成果はすぐには出ない。
論文を書くまでに数か月、場合によっては数年かかることもある。
科研費の申請や共同研究も、成果が見えるまで時間がかかる。
子育ても同じである。
今日注意したことが、明日すぐに行動として現れるわけではない。
むしろ数年後になって、
「あのときの経験が生きているな」
と感じることが多い。
短期的な成果だけを求めると苦しくなる。
研究も子育ても、
未来への投資
という側面が大きい。
大学教員だからこそ感じる幸せ
大学教員の仕事は忙しい。
授業、会議、研究、学生対応、外部資金申請など、やることは尽きない。
それでも比較的柔軟に時間を使える場面がある。
平日の昼間に子どもの行事へ参加できたり、急な発熱時に対応できたりすることもある。
もちろん締切前は大変だが、子どもの成長を身近で見られることは大きな幸せだと感じている。
研究者として社会を理解しようと努めながら、父親として一人の子どもの成長を見守る。
スケールはまったく異なるが、どちらも「人を理解する営み」である点は共通しているのかもしれない。
おわりに
研究と子育ては、一見するとまったく別の世界に見える。
しかし実際には、
- 正解が一つではない
- 試行錯誤が必要
- 長期的な視点が重要
- 小さな変化を大切にする
という共通点がある。
社会科学の研究者として、そして父親として日々感じるのは、
「人を理解することの難しさと面白さ」
である。
これからも研究と子育ての両方を楽しみながら、少しずつ成長していきたい。


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