ここで、もう少し具体的に計算してみます。
前回の記事では、私自身の実績から、ベイズ補正後の現在の採択率を32.9%としました。
今回は、研究計画書の改善や論文実績の蓄積によって、この採択率が5ポイント上がり、37.9%になった場合を考えます。
つまり、比較するのは次の2つです。
- 現在の採択率:32.9%
- 改善後の採択率:37.9%
今後10年間、毎年1回申請すると仮定します。
このとき、10年間の採択回数は、二項分布で考えることができます。
採択率を p、申請回数を n とすると、10年間で k 回採択される確率は、次の式で表されます。
P(X = k) = C(n, k) p^k (1-p)^(n-k)
ここでは n = 10 です。
つまり、採択率32.9%の場合は、
P(X = k) = C(10, k) 0.329^k 0.671^(10-k)
採択率37.9%の場合は、
P(X = k) = C(10, k) 0.379^k 0.621^(10-k)
となります。
期待採択回数は0.5回増える
まず、期待値を見てみます。
二項分布の期待値は、
E(X) = np
です。
採択率32.9%の場合、
10 × 0.329 = 3.29回
採択率37.9%の場合、
10 × 0.379 = 3.79回
となります。
つまり、採択率が5ポイント上がると、10年間の期待採択回数は0.5回増えます。
「たった0.5回か」と感じるかもしれません。
しかし、科研費における0.5回は小さくありません。
科研費は1回採択されるだけで、数年間の研究費、研究成果、論文、共同研究、次の申請実績につながります。
そのため、期待値の0.5回差は、単なる数字以上の意味を持ちます。
採択ゼロの確率はどう変わるか
次に、10年間で一度も採択されない確率を見てみます。
これは、
P(X = 0) = (1-p)^10
で計算できます。
採択率32.9%の場合、
0.671^10 ≒ 0.0185
つまり、約1.9%です。
採択率37.9%の場合、
0.621^10 ≒ 0.0085
つまり、約0.9%です。
採択率が5ポイント上がるだけで、10年間採択ゼロとなる確率は、約1.9%から約0.9%へ下がります。
絶対差で見ると約1ポイントですが、相対的には半分以下です。
これは重要です。
採択率の改善は、単に平均採択回数を増やすだけではありません。
最も避けたい未来、つまり「10年間で一度も採択されない」というリスクを小さくする効果があります。
採択1回以下の確率も下がる
次に、10年間で採択が1回以下にとどまる確率を見ます。
これは、
P(X ≦ 1) = P(X = 0) + P(X = 1)
です。
採択率32.9%の場合、
P(X ≦ 1) ≒ 10.5%
採択率37.9%の場合、
P(X ≦ 1) ≒ 6.4%
となります。
つまり、採択率が5ポイント上がることで、10年間で1回以下しか採択されない確率は、約10.5%から約6.4%へ下がります。
これはかなり大きな差です。
研究者にとって、10年間で1回以下の採択というのは、研究活動の継続性に大きく影響します。
採択率の5ポイント改善は、このような低採択シナリオを明確に減らします。
5回以上採択される確率はどう変わるか
一方で、良い方向の未来も見てみます。
10年間で5回以上採択される確率です。
これは、
P(X ≧ 5)
で表されます。
採択率32.9%の場合、
P(X ≧ 5) ≒ 20.4%
採択率37.9%の場合、
P(X ≧ 5) ≒ 32.0%
となります。
つまり、採択率が5ポイント上がるだけで、10年間で5回以上採択される確率は、約20%から約32%へ上がります。
これは、かなり印象が変わります。
採択率32.9%では、5回以上採択される未来は「5人に1人」程度です。
しかし、37.9%になると「3人に1人」に近づきます。
この差は、研究者人生を長期的に見たときには無視できません。
7回以上採択される確率
さらに高い採択回数も見てみます。
10年間で7回以上採択される確率です。
採択率32.9%の場合、
P(X ≧ 7) ≒ 1.8%
採択率37.9%の場合、
P(X ≧ 7) ≒ 4.7%
となります。
どちらも高い確率ではありません。
しかし、採択率が5ポイント上がることで、7回以上採択される確率は2倍以上になります。
つまり、採択率の改善は、平均的な未来だけでなく、かなり良い未来の可能性も押し上げるのです。
まとめると、5ポイントの差はこう見える
採択率32.9%と37.9%を比較すると、10年間では次のような違いが生まれます。
| 指標 | 採択率32.9% | 採択率37.9% |
|---|---|---|
| 期待採択回数 | 3.29回 | 3.79回 |
| 採択0回の確率 | 約1.9% | 約0.9% |
| 採択1回以下の確率 | 約10.5% | 約6.4% |
| 採択5回以上の確率 | 約20.4% | 約32.0% |
| 採択7回以上の確率 | 約1.8% | 約4.7% |
(採択後、同種目への申請ができないことを考慮せずに、理論上の計算をしています。)
この表を見ると、5ポイントの改善は決して小さくないことが分かります。
期待採択回数だけを見ると、差は0.5回です。
しかし、分布全体を見ると、
- 採択ゼロのリスクは半分以下になる
- 採択1回以下のリスクは大きく下がる
- 採択5回以上の可能性は大きく上がる
- 採択7回以上の可能性も2倍以上になる
という変化が起きています。
つまり、採択率を5ポイント上げることの意味は、平均値だけでは見えません。
重要なのは、未来の分布全体が少し右へ動くことです。
★科研費人生シミュレーターはこちら
過去の申請回数と採択回数から、今後10回申請したらどうなるか?をシミュレートします。
ベイズ確率を用いて基盤研究(C)の採択可能性をモンテカルロシミュレートします。参考程度にお使いください。
-320x180.png)
研究計画書を磨く意味
科研費の採択率を5ポイント上げることは簡単ではありません。
研究目的を明確にし、課題設定を見直し、方法論を具体化し、審査員に伝わる構成にする必要があります。
それでも、その努力には意味があります。
なぜなら、5ポイントの改善は、今年1年だけで見ると小さくても、10年という時間軸では明確な差になるからです。
研究計画書を磨くことは、単に今年の採択可能性を少し上げる作業ではありません。

10年後の研究人生の分布を、少しだけ良い方向へ動かす作業なのです。


.png)
コメント