なぜ日本の研究力は低下したと言われるのか?データから考える5つの要因

大学教員・研究関連

科学計量学と研究政策から読み解く現状と課題

「日本の研究力が低下している。」

近年、このような表現を新聞やニュース、政府資料などで目にする機会が増えました。国際ランキングで日本の順位が下がったことや、中国をはじめとする諸外国の躍進が報じられるたびに、「日本の研究は衰退している」という印象を抱く人も少なくありません。

一方で、日本はこれまで多くのノーベル賞受賞者を輩出し、世界トップレベルの研究成果を数多く生み出してきました。現在でも研究開発費は世界有数の規模を維持しており、多様な学術分野と優れた研究基盤を有しています。それにもかかわらず、なぜ「研究力低下」がこれほどまでに議論されるのでしょうか。

この問いに答えるためには、まず「研究力」とは何を指すのかを整理する必要があります。

実は、研究力を一つの指標で測ることはできません。科学計量学や研究政策の分野では、研究力は研究費や研究者数などのインプット、研究時間や共同研究体制といった研究活動を支えるプロセス、論文や特許、人材育成などのアウトプット、さらに被引用数や社会実装、イノベーション創出といったアウトカムまでを含む、多面的な概念として捉えられています。

したがって、「日本の研究力が低下した」という議論を行う際には、どの指標が低下しているのか、あるいは何が維持されているのかを区別しながら考える必要があります。

実際に、NISTEP(文部科学省 科学技術・学術政策研究所)が公表した『科学技術指標2025』によれば、日本は産学官を合わせた研究開発費、研究者数ともに主要7か国中第3位という規模を維持しています。論文数は世界第5位、パテントファミリー数は世界第1位であり、研究基盤そのものが失われたわけではありません。

一方で、論文数の世界シェアや、被引用数上位論文の割合など、研究成果の国際的プレゼンスを示す指標は長期的な低下傾向にあります。文部科学省も、2000年代前半以降、日本の論文指標における国際的地位が継続的に低下していることを政策課題として整理しています。

つまり、「日本の研究力低下」という言葉は決して誤りではありません。しかし、それは研究活動全体が一様に衰退しているという意味ではなく、研究システムの複数の要素が少しずつ変化した結果として現れている現象なのです。

世界の研究地図は、この20年で大きく塗り替えられた

日本の研究力低下を理解する上で、まず区別すべきなのが「絶対的な低下」と「相対的な低下」です。

日本の論文数が突然半減したわけではありません。むしろ、日本の研究活動は現在も一定規模を維持しています。しかし、その間に中国をはじめとする新興研究国が急速な研究開発投資を進め、研究者数、論文数、国際共同研究のすべてを大幅に拡大しました。その結果として、日本の世界順位や世界シェアは低下しています。

この変化は、日本だけの問題ではありません。世界全体の論文数は過去20年間で大きく増加しており、研究活動そのものがグローバル化しています。その中で、日本の成長速度が他国を下回ったことが、相対的な順位低下として現れているのです。

文部科学省によれば、日本の自然科学系論文数は1997~1999年平均では世界第2位でしたが、2017~2019年平均では第4位へと順位を下げました。また、各分野の被引用数上位10%に入るTop10%補正論文数は第4位から第10位まで低下しており、研究成果の国際的な影響力にも変化が見られます。

さらにNISTEPの最新分析では、日本の論文数は現在世界第5位となっています。国際共著論文数そのものは増加を続けているものの、世界全体の研究ネットワークが急速に拡大する中で、日本は共著相手国としての存在感を相対的に低下させています。

したがって、「日本だけが後退した」というよりも、「世界の研究活動が日本以上の速度で拡大した」という視点も欠かすことはできません。

研究時間の減少は、研究成果に直結する問題である

研究成果を生み出すためには、研究費だけではなく、研究そのものに取り組む時間が必要です。

しかし、日本の大学教員を取り巻く環境は、この20年間で大きく変化しました。教育、学生指導、入試、委員会活動、大学運営、外部資金申請、各種評価対応、社会連携など、多様な業務が増加し、研究に充てられる時間は減少しています。

文部科学省は、大学における論文数停滞の主要因の一つとして、大学教員の研究時間割合の低下を挙げています。調査では、研究活動に充てる時間の割合は長期的に減少しており、その分、教育や管理運営業務の比率が増加しています。

研究は短期間で成果が生まれるものではありません。文献を読み、仮説を立て、実験や調査を行い、分析し、論文化するまでには長い時間を要します。研究時間が削られれば、その影響は数年後の論文数や研究成果として表面化します。

近年では、研究力強化を目的とした新たな制度やプロジェクトも数多く導入されています。しかし、それらが新たな会議や報告書作成、評価業務を伴う場合には、結果として研究時間をさらに圧迫する可能性もあります。

研究力を高めるためには、新しい仕事を加えるだけではなく、研究を妨げている業務をいかに削減するかという視点も同じくらい重要なのです。

研究者の再生産が難しくなっている

研究は人によって行われます。そのため、研究力を考える際には、人材育成の視点を避けることはできません。

文部科学省は、大学教員数や博士課程学生数の伸び悩みを、論文数停滞の背景要因として挙げています。博士課程学生は将来の研究者候補であるだけでなく、現在の研究現場を支える重要な担い手でもあります。

しかし近年では、博士課程修了後のキャリアパスへの不安や任期付き雇用の増加、常勤ポスト不足などが進学意欲にも影響を与えています。優秀な学生であっても、将来の見通しを描けなければ博士課程への進学をためらうことは自然な選択です。

研究者の高齢化が進む中で、若手研究者が十分に育たなければ、研究分野の継承だけでなく、新しい研究テーマへの挑戦も難しくなります。

研究力低下とは、現在の論文数だけの問題ではありません。次世代の研究者が育ち、研究を継続できる環境を維持できているかという、研究システム全体の持続可能性が問われている問題でもあります。

研究開発費は多い。それでも研究費が足りないと言われる理由

日本の研究開発費総額は現在も世界有数の規模を維持しています。

しかし、国全体の研究開発費が大きいことと、大学研究者が日常的に利用できる研究費が十分であることは必ずしも一致しません。

文部科学省は、大学論文数停滞の背景として、研究の実施に直接必要となる経費の停滞も指摘しています。試薬や分析機器、データベース利用料、ソフトウェア、英文校閲費、論文掲載料、人件費など、多くの研究コストは物価や為替の影響を受けて上昇しています。そのため、名目上の予算が維持されていても、実際に実施できる研究は縮小してしまう場合があります。

さらに近年では、競争的研究費への依存度が高まっています。競争的資金は研究を活性化させる重要な仕組みですが、その一方で、研究者は申請書作成や審査対応にも多くの時間を割かなければなりません。採択率が高くない制度では、研究を行うために研究時間を使って申請書を書くという構造も生まれています。

大型プロジェクトへの重点投資には一定の合理性があります。しかし、多様な研究テーマを育てるためには、自由な発想で研究を始められる基盤的経費も欠かせません。将来の大きな成果は、必ずしも最初から大型研究として始まるわけではないからです。

国際共同研究は増えている。それでも存在感は低下している

現在の科学研究では、国際共同研究は研究成果の質や影響力を高める重要な要素となっています。

実際、日本の国際共著論文数は長期的に増加しています。しかし、NISTEPの『科学研究のベンチマーキング2025』では、世界各国から見た共著相手国としての日本の存在感は相対的に低下していることが報告されています。

これは、日本が国際共同研究を行っていないという意味ではありません。むしろ、世界全体の共同研究ネットワークが急速に拡大する中で、中国やグローバルサウス諸国の存在感が大きく高まり、日本の相対的な位置付けが変化したということです。

国際共同研究は、単に研究費を投入すれば実現するものではありません。長期的な人的交流、研究者の流動性、英語による研究発信、そして継続的な信頼関係の構築が不可欠です。短期間の政策だけで劇的に改善できる課題ではなく、研究システム全体の成熟度が問われる領域でもあります。

研究力低下は、一つの原因では説明できない

日本の研究力低下は、一つの政策や一つの指標だけで説明できる現象ではありません。

世界の研究活動が急速に拡大したこと、大学教員の研究時間が減少したこと、博士人材の育成が停滞していること、研究資金の構造が変化したこと、そして国際共同研究ネットワークにおける日本の相対的な存在感が低下したこと。これらが長期間にわたって積み重なり、現在の状況を形作っています。

そのため、特定の大学へ大型資金を投入することや、論文数だけを目標として掲げることだけでは、研究力低下という課題を根本的に解決することは難しいでしょう。

内閣府の『統合イノベーション戦略2025』でも、研究力と人材育成の強化、大学等の研究基盤の充実、多様で卓越した研究を生み出す環境整備が重要な政策課題として位置付けられています。

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重要なのは、研究力を順位だけで評価しないことです。

日本には現在も世界トップレベルの研究成果を生み出す研究者が数多く存在し、充実した研究設備や幅広い学術分野の蓄積があります。一方で、その基盤を将来にわたって維持できるかどうかについては、多くの課題が指摘されています。

研究力とは、今年の論文数だけを意味するものではありません。研究者が研究に集中できる時間、若手研究者が将来を描ける雇用環境、自由な発想を試せる研究費、国内外の研究者と協働できるネットワークなど、研究成果が生まれるまでの「研究エコシステム」全体によって支えられています。

日本の研究力低下を考えることは、順位の変動を嘆くことではありません。どの部分が弱くなり、どの基盤を強化すべきなのかを、多面的なデータに基づいて冷静に分析し、持続可能な研究システムを再構築していくことこそが、本質的な課題と言えるでしょう。

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