「良い研究を書けば採択される」は半分正しく、半分間違いである
科研費申請について議論するとき、多くの研究者は研究内容そのものに注目する。もちろん、研究内容は重要である。研究内容に学術的意義がなければ、そもそも競争的資金の審査に耐えることは難しい。
しかし、研究内容だけで採択が決まるわけではない。
ここで考えたいのは、審査委員は何を評価しているのかという点である。
例えば、同じ研究テーマについて書かれた二つの申請書があったとする。研究内容はほぼ同じであるにもかかわらず、一方は採択され、もう一方は不採択になることがある。
なぜだろうか。
その理由は、科研費審査が「研究そのもの」の審査ではなく、「研究計画」の審査だからである。審査委員は、すでに得られた研究成果を評価しているわけではない。まだ存在していない未来の研究成果を、申請書を通じて予測しているのである。
つまり審査委員は、次のような問いに向き合っている。
- この研究は学術的に重要か
- 本当に実施できる計画になっているか
- 期待される成果は得られそうか
- 研究期間と研究費に見合う成果が期待できるか
- この研究者、あるいはこの研究体制で遂行できるか
これは非常に不確実性の高い判断である。
研究内容が優れていても、「本当に実現できるのだろうか」と思われれば評価は下がる。逆に、研究テーマが極端に斬新でなくても、「十分に実現可能であり、成果も期待できる」と判断されれば評価は高くなる。
ここに科研費申請書の本質がある。
科研費申請書は研究報告書ではない。未来の研究に対する説得文書である。この視点を持つだけでも、申請書の書き方は大きく変わるはずである。
研究者は、自分の研究の面白さを知っている。なぜその研究が重要なのかも、日々の研究活動の中で体感している。しかし、審査委員はそうではない。審査委員は、申請者の頭の中にある問題意識や研究の背景をすべて共有しているわけではない。
だからこそ、申請書には「伝える技術」が必要になる。
自分にとって当然のことを、審査委員にとっても当然のこととして書いてしまうと、研究の価値は十分に伝わらない。採択される申請書は、研究者が書きたいことを並べた文書ではなく、審査委員が判断しやすいように設計された文書である。
この違いは大きい。
科研費は研究費であると同時に、投資判断でもある
研究支援の現場では、ときどき「審査委員が研究内容を十分に理解していないのではないか」という声を聞くことがある。
この感覚自体は、申請者の立場からすれば理解できる。自分が長年取り組んできた研究テーマについて、限られた紙面と限られた時間の中で正確に理解してもらうことは容易ではない。
ただし、ここで注意すべきことがある。
審査委員は専門性を持たない人ではない。多くの場合、その分野や近接分野の専門家である。しかし、審査委員が申請者本人と同じ深さで、その研究テーマの背景、細部、問題意識を共有しているわけではない。
これは当然のことである。
科研費で提案される研究は、これから実施される研究である。まだ誰も完全な答えを持っていない。申請者自身でさえ、研究を始める前から最終的な結果を完全に知っているわけではない。
そのような不確実な研究計画について、審査委員は限られた時間の中で評価しなければならない。つまり、審査委員に求められているのは、「すでに分かっている成果を確認すること」ではなく、「その研究が成果を生み出す可能性を見極めること」である。
この点を考えると、科研費は単なる研究費ではなく、研究者に対する投資判断でもあると言える。
科研費は公的資金である。限られた予算を、どの研究に配分するのかを決める制度である。すべての優れた研究に十分な資金を配分できるわけではない。だからこそ、審査では比較と選択が行われる。
投資家が企業を見るとき、技術だけを見るわけではない。
- その技術に価値はあるか
- 実現可能な計画になっているか
- 遂行できる体制があるか
- 将来的な成長可能性があるか
を総合的に判断する。
科研費審査もこれに近い。
審査委員は、単に「面白い研究かどうか」だけを見ているわけではない。
- 学術的重要性
- 研究計画の妥当性
- 研究方法の具体性
- 研究遂行能力
- 期待される成果
- 将来的な波及効果
を総合的に評価している。
採択経験の多い研究者は、このことを経験的に理解しているように見える。科研費に限らず、研究費申請書を作成する際に、「自分の研究をどう見せるか」「審査委員が何を不安に思うか」「どこを明確に書くべきか」という暗黙知が蓄積されている。
一方で、不採択になる申請書の中には、「研究内容さえ良ければ伝わるはずだ」という前提で書かれているものがある。もちろん、研究内容の良さは重要である。しかし、それが申請書上で十分に伝わらなければ、審査では評価されない。
ここに大きな差が生まれる。
審査委員は「理解したい」と思って読んでいる
ここで強調しておきたいのは、審査委員は申請書を粗探しするために読んでいるわけではないということである。
むしろ、限られた情報の中から、その研究の価値を理解しようとしている。しかし、申請書の構造が分かりにくい場合、研究の意義、新規性、実現可能性を短時間で把握することは難しくなる。
たとえば、背景説明が長く続き、結局何が未解決なのか分からない申請書がある。あるいは、研究目的は魅力的だが、方法論が曖昧で、実際にどのように研究を進めるのか判断できない申請書もある。
このような場合、審査委員は高い評価を付けにくい。
なぜなら、審査委員は「良さそうだ」という印象だけで評価することはできないからである。公的資金の配分を判断する以上、評価には理由が必要である。
採択される申請書は、審査委員が高い評価を付けるための根拠を、申請書の中に明確に用意している。
「この研究は重要である」
「この点に新規性がある」
「この方法で実施できる」
「この研究者なら遂行できる」
「成果が期待できる」
こうした判断材料が、申請書の中に過不足なく配置されているのである。
つまり、採択される申請書とは、審査委員が安心して評価できる申請書である。
科研費申請書は研究者と審査委員のコミュニケーションである
科研費申請書を書くとき、研究者はどうしても自分の研究内容を中心に考える。当然である。研究者にとって最も大切なのは、自分が取り組もうとしている研究そのものだからである。
しかし、申請書は独白ではない。
申請書は、研究者と審査委員のコミュニケーションである。
審査委員が知りたいことに答える必要がある。
審査委員が不安に思いそうな点を先回りして説明する必要がある。
審査委員が評価しやすいように、研究の価値を構造化して提示する必要がある。
ここで重要なのは、研究内容を過度に単純化することではない。専門性を犠牲にして、誰にでも分かるように薄める必要はない。
必要なのは、研究の専門性を保ちながら、論理構造を明確にすることである。
何が課題なのか。
なぜその課題は重要なのか。
何が新しいのか。
どのような方法で解決するのか。
なぜ申請者にそれができるのか。
どのような成果が期待されるのか。
この流れが明確であれば、審査委員は研究計画を理解しやすくなる。逆に、この流れが不明確であれば、どれほど高度な研究内容であっても評価されにくくなる。
採択される申請書は、審査委員の判断を助ける
採択される申請書に共通するのは、審査委員の判断を助ける構造になっていることである。
それは単に文章がうまいという意味ではない。美しい文章である必要もない。むしろ、科研費申請書において重要なのは、文学的な表現力ではなく、論理的な伝達力である。
採択される申請書は、読み手が迷わない。
研究背景から課題設定へ、課題設定から目的へ、目的から方法へ、方法から期待される成果へと、自然に読み進められる。
一方で、不採択になりやすい申請書は、読み手が途中で迷う。
背景は分かるが、何が問題なのか分からない。
目的は書いてあるが、方法が曖昧である。
方法は詳しいが、なぜその研究が重要なのかが見えない。
成果は大きく書かれているが、本当にそこまで到達できるのか判断できない。
このような申請書では、審査委員は評価に確信を持てない。
科研費審査では、研究の価値そのものだけでなく、その価値がどれだけ明確に伝わっているかが重要になる。優れた研究であっても、申請書の中でその価値が見えなければ、審査上は評価されにくいのである。
研究内容の良さを「伝わる形」に変換する
研究支援の立場から見ると、採択される申請書と不採択になる申請書の差は、研究内容そのものの差だけでは説明できないことがある。
むしろ、研究内容の良さを「伝わる形」に変換できているかどうかが大きい。
研究者の頭の中には、長年の経験、先行研究への理解、現場感覚、問題意識、仮説が蓄積されている。しかし、それらは申請書に明示されなければ、審査委員には伝わらない。
「なぜこの研究が必要なのか」は、書かなければ伝わらない。
「どこが新しいのか」は、明確に示さなければ伝わらない。
「なぜ実現可能なのか」は、根拠を示さなければ伝わらない。
申請書とは、研究者の頭の中にある研究構想を、審査委員が評価できる形に翻訳する作業である。
この翻訳の質が、審査結果に影響する。
もちろん、どれほど申請書の書き方を工夫しても、研究内容そのものが不十分であれば採択は難しい。しかし、研究内容が優れているにもかかわらず、その価値が伝わらないために評価されないとすれば、それは非常にもったいない。
科研費申請において重要なのは、研究内容をよくすることと同時に、その研究内容の価値が伝わる申請書にすることである。
第1章のまとめ
科研費審査を考えるうえで、まず理解すべきことは、科研費申請書は「研究そのもの」ではなく「研究計画」を評価するための文書であるという点である。
審査委員は、まだ存在しない未来の研究成果を、申請書を通じて予測している。そのため、研究の重要性だけでなく、実現可能性、研究遂行能力、期待される成果を総合的に判断している。
科研費は公的資金であり、限られた予算をどの研究に配分するかを決める制度である。その意味で、科研費審査は研究者に対する投資判断でもある。
採択される申請書は、審査委員が判断しやすいように設計されている。研究の価値を、読み手が評価できる形で提示している。
では、採択される研究者は、どのような研究計画を作成しているのだろうか。
研究支援の現場で数多くの申請書を見ていると、採択される申請書にはいくつかの共通点がある。その中でも最も重要だと感じるのが「課題設定」である。
次章では、採択者に共通する最大の特徴である「課題設定」について考えてみたい。
【第2章はこちら↓】


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